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脚本家・龍樹のオフィシャルHP
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Ayrton Senna | BEYOND THE SPEED OF SOUND

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Official Site "Ayrton Senna : BEYOND THE SPEED OF SOUND"

最期の日、彼が開いたという聖書の一節があまりに印象深い。
「神はあなたに素晴らしい贈り物をする。それは神自身だ」

雨のレースでの驚異的なマシンコントロール。アンダーステアのマシンでのコーナーリング中、小刻みにアクセルを煽ってスライドさせ、圧倒的な旋回スピードと高回転域の出力を得る独自のアクセルワーク・・・映画の中に記録されているアイルトン・セナのどれもが神がかりなドライビングで印象深いが、何よりも忘れがたいのは彼のひんやりとした哀しみを湛えた目だ。

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セナは言う。“悲しみを理解するには、人間の心はあまりにも小さすぎるんだ”。

ジェームス・ディーン、S・マックィーン、早く逝ってしまった彼らに共通する、どこか淋しげで陰のある,澄んだあの目。

AYRTON SENNA―The First Decade ほんとうに、早過ぎる死。

ABARTH 500C | DISCOVER THE SCORPION IN YOU

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「ABARTH 500C」“SCORPION NIGHT” - FIAT CAFFÉ

NEW MODEL「ABARTH 500C」の発売を記念したONLINE × EVENTのキャンペーン「Discover the SCORPION in You」の一夜限りのイベントの「SCORPION NIGHT」にて。

写真はFIAT CAFÉに展示されている2トーンカラー、ビコローレ仕様のABARTH 500C。オープンエアでアバルトの走りを楽しめる、特別なチンクエチェントだ。ターボキックで得たエンジン・トルクの厚みと引き締められた足回りがドライビングに快楽にも届く刺激を込める。“ABARTH”はhot technologyのクルマだ。ただ大馬力を電子制御でバランスするような、つめたいテクノロジーのクルマではない。

1930’s Rolls-Royce Phantom

 ペニンシュラ東京の前に停車されていた、1930年代のロールズロイス・ファンタム。
 ただそこにあるだけで、世界を一変させる一台。

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Launch ! Levi's 「Shape What's to Come」

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自分も広告の一端で関わっている Levi's「Shape What's to Come」が、10月26日をもってLaunchしました。JAPAN, USA, UK の3か国でオープンする、夢を追いかける女性のためのグローバル・オンライン・コミュニティです。

LEVI'S「Shape What’s to Come ~私が創る未来へのカタチ~」
(JAPAN)http://jp.shapewhatstocome.com
(UK・US)http://en.shapewhatstocome.com/

SWTCアンバサダーのオーディションは下記サイト"WHO'S NEXT GIRL"で一般公開されます。
http://levi-wng.com/

SWTCのLaunchと連動し、J-WAVE Levi's crossover jam (毎週土曜20時~)では、10月30日より新バージョンのCMがOAされます。
こちらのVer.は、一寸ストーリー仕立てで書きました。お楽しみに。

<NEWS>
Levi's®|VOICE of Levi's® - 10.26.2010 
Fashionsnap.com - 10.26.2010 

OPENING RECEPTION | Shape What's to Come

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“SWTC” Opening Reception 10.26(TUE) at EBISU "SWTC Cafe"


Coming soon...

THE MUSEUM OF CONTEMPORARY ART,KARUIZAWA

The Museum of Contemporary Art, Karuizawa (軽井沢現代美術館)』にて。

長倉(旧軽と中軽の中間あたり)の森の中にあり、周到に配置された窓は木漏れ日を採光する。開放的でサロン的な雰囲気を持つところが、とても軽井沢の美術館らしい。フラッシュを使用しない限り、写真撮影にも寛容な姿勢にも好感を抱く。

ひと通り廻った後は、温かい紅茶が差し出される。巨大な美術館では味わえない贅沢な時間だ。

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Autumn Leaves

 秋の軽井沢にて。
 10月も半ばにして、既に紅葉が深い。
 路を行くクルマのタイヤは、枯葉踏む音を周囲に聴かせることになる。

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葉山の海岸線

友人のウェディング・パーティがあるNowhere but Hayamaへ向かう道中、とても美しい落陽に遭遇する。素晴らしい日の、思いがけない贈物。

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MA | P's studio

飯倉のP's studioにて、HERITAGE JAPAN MA。気づけばもう一年がかりになる第1弾の作業も、これで一段落。リリースまで、あともう少しです。

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Recording | J-WAVE studio

六本木ヒルズ33Fにある、J-WAVEのスタジオにて。本日はLEVI’S ラジオCM の収録でした。
内容は「未来へ立ち向かう女性」にフォーカスした、ストーリー仕立ての30sec × 260 sec × 1 の計3本。
オンエアは102日から。
毎週土曜20時から放送の『J-WAVE Levi's crossover jam 』内で流れます。どうぞ番組と共にお楽しみください。

この収録の日、隣のスタジオでは、10年間続いた番組の最後の放送が行なわれていました。朝を爽やかな気分にさせてくれたクリス智子さんナビゲート『BOOM TOWN』。でも、すべての「おわり」は「はじまり」でもありますね。クリスさんの新しいスタート、そして新たに始まる昼帯の番組『CURIOUS』、非常に楽しみです。

RYUJU

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21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa (金沢21世紀美術館)』にて。

兼六園の真弓坂口すぐ近くにある現代美術所蔵の美術館。グラスエリアを広く採り、クリーンで円形状にスタンスする建物の構えが、このミュージアムの指向を物語る。館内には空間を活かしたインスタレーションが数多く存在し、スクエアな天窓から空の移ろいを感じ取ることが出来るブルー・プラネット・スカイ、水面を通じて地上と地下の人々が出会うスイミング・プールは特別な視覚体験をもたらしてくれる。

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The World Heritage | The Historic Village of Gokayama

The World Heritage - The Historic Village of Gokayama

 富山県の南西端にある、小さな世界遺産の村、五箇山。

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 実際に訪れてみて、僕はある錯覚に取りつかれた。ここへ立ち寄る道中、どこかのタイミング、どこかのラインから、時間の軸みたいなものを跨いでしまったのではないか、という錯覚だ。いったん村の奥深くへ足を踏み入れてしまえば、時代を指し示すしるし―――近代的な建物、企業の広告、雑踏のざわめき、どこかしらで流れている音楽―――といったものは悉く姿を消してしまう。現代という時代そのものが一塊になり、ごっそりと深い穴の中へ落下してしまったかのように。五箇山がかつて流刑地であったことを村の人から教わる。ここはむかし、陸の孤島であったのだと。見渡すとたしかに一帯を取り囲む険しい山々が見える。

 僕は微かに緊張を覚える。いまの五箇山は世界遺産にも登録され、観光客を迎えている。でも、かつてこの集落は閉ざされた共同体だったのだ。

 暫く村の中を歩いて廻る。どんどん時代感覚があやふやになる。僕は自分がいつの時代を生きているのかという確信の拠り所を失っている。でも、人間なんてそれほど確固たる確信をもって、自分がいつを生きているかなんて実感していないのかもしれない。日付の刻まれた新聞、なんとなく見つめるTVのニュース、いやおうなしに日々届くE-MAIL。そういった身辺の小さな事象との接触で、なんとなく人は自分の生きている時代を認識しているのに過ぎないのかもしれない。村の人々と話をすることで、僕は少し落ち着きを取り戻す。でも異世界にいるような感覚は消えない。ここはどこなのか、ではなくいつなのか、という奇妙な感覚。たぶんその妙な感覚は、僕が五箇山に訪れたときの天候が、うっすら湿り気すら感じる、どんよりした曇天であったことも手伝っていたと思う。まったく日が差さない空はどこまでもスタティックで、切り立った合掌造りの屋根屋根にミステリアスな陰影を生んでいる。

 でもやがて、その感覚はどこまでいっても錯覚でしかなかったことに気づく。それは当たり前と言えば、当たり前なのかも知れないのだけれど。やがて天上を覆っていた雲が捌け、煌々と太陽が照り始める。それは間違いなくじりじりとした夏の陽差しで、だんだんと僕は汗ばんでくる。外国人のバックパッカー達がぞろぞろと歩いている姿が見える。携帯電話も通じている。かすかにラジオかTVの音も聞こえる。民宿や土産物売場があることを示すものだって、ちゃんとある。バックパッカーは腕を組んで記念写真を撮り始める。僕は紛れもなくここは現代の日本のどこかで、地に足を踏み入れることが出来る現実の場所であるという感覚を取り戻す。異質な何かは、既に僕の身体を通り抜け、どこかへ消えている。

 五箇山で僕の肌が感じていたものは何だったのかはわからない。でもこうして東京に戻ってきたいまも、写真を見て思い出すだけで、あのときのいささかフェノミナルな感触がありありと蘇る。五箇山の風景はそれまでの僕にとって、昔話やお伽噺でしか伝え聞いていたことのないものだった。しかしそれは現実の風景として僕の目の前に現れた。イメージではなく、アクチュアルなものとして。そこには何らか物語性が孕まれていた。どこかへ出向く、どこかへ足を踏み入れる。旅をすると物語性に接触する。あるときはその中に取り込まれるし、またあるときは自分自身が物語性の一部になる。旅そのものが自分自身を通過する。僕は旅をした。そしてたしかに触れたのだ。

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KANAZAWA

 夏の金沢へ。
 たちこめる古都の香り、寡黙で親切な人々、しんとした茶屋街の静寂。
 貴い、不変。

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Diana Krall | Fly Me To The Moon



 ダイアナ・クラールのVEVO (ヴィーヴォ) から"Fly Me To The Moon"

 Fly me to the moon
 Let me sing among those stars
 Let me see what spring is like On Jupiter and Mars
 In other words, hold my hand

 私を月へ連れていって
 歌わせて 星たちの狭間で
 私に見せて 遠くの星々へ訪れる春がどんなものなのか
 つまり、この手を握り締めて欲しいのよ



 Diana Krallは楽曲にどっぷり身を浸し、せつせつと歌い上げるようなVocalistではない。どちらかというと、プレイする楽曲に対し、適度にクールな姿勢を保ちながら歌うタイプだ。だからこそ、こういったスタンダードを歌うとき、抑制の効いた彼女のスタイルは物凄く光る。彼女のHusky Soundな歌声はひんやりとした憂いを秘め、そっとぼくらの耳に届いていく。それはとてもセクシーなことだと思う。

RENEWAL『TOKYO DRIVE MAGAZINE』

Are you into Cars? Fashion? Music?
KENTA’S『Tokyo Drive Magazine』 got them all.
http://www.tokyodrivemagazine.com/

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『Tokyo Drive Magazine』は、クルマ、ファッション、音楽といった様々なカルチャーから最先端のトピックを提供してくれるバイリンガル・ライフスタイルマガジン。情報の鮮度は競合媒体がひしめくこのフィールドにおいてNo.1だ。企画・制作を手掛けているのはLA在住のKENTA氏。彼とは同世代ということもあり、ときどき近況報告を兼ねてコンタクトを取り合う。もちろん、面白い話題を語ってくれるのはいつも彼の方である。たとえば、このあいだコンタクトしたときのこと。彼はベガスの砂漠に居た。キャンピングカーに乗り込み、セドナ、グランドキャニオン、モニュメントバレーを渡るんだ、と教えてくれた(このときのことは、彼が文章も担当した"Lightning THE AMERICAN CAMP BOOK"にも載っている)。広大なアメリカ、オンザロードの日々。彼の口から出る様々な体験談は、僕が味わったことのない世界を開示してくれる。急ぐことは正義ではない。急ごうが急ぐまいが、"time keeps same paces". 自分のペースでやろうぜ…雄大な自然をゆったり流しながら、彼は何を思ったのだろうか。自由、切なさ、神秘、解放、喜びや痛み…そのときのことは、今度会ったときにでもじっくり訊いてみたい。

そんな訳なので、KENTA氏は男女問わず多くの人々から愛されている。彼の持つ、オープンで、心地の良いリラックス・マインド。それは仲間たちに自然な安心感や充足感を与え続けている。

CLASKA | The 8th Gallery

広報の荒川さんに招かれ、CLASKAの新ギャラリー「The 8th Gallery」へ。
絵画、写真、コミックスのような平面作品を始め、彫刻、陶器、プロダクトなどの立体作品、また映像、ダンス、パフォーマンスなど、多様な表現の場として利用可能になる。

URL:http://www.claska.com/blog/2010/06/claska_8f.html
このギャラリーは空間をアレンジする自由度が高いし、アーティストフレンドリーな使用料金が魅力的だ。

グランドオープンは明日、6月11日(金)から。
オープン時にはイベントがあります。

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Nike Stadium Tokyo「BRAZIL+BRAZIL=TULIO」「RED TIED TOGETHER RACE」

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東京・中目黒「NIKE STADIUM TOKYO」にて。
このSTADIUMは、2010年5月にグランド・オープン。革新的なプロダクトに加え、第一線で活躍するアスリートの姿、そして様々なアプローチから生み出されるアート&デザインを融合させ、NIKEならではの新たなスポーツの姿が発信されていく拠点だ。

今回招待されたのは、Exhibition「BRAZIL+BRAZIL=TULIO」&「RED TIED TOGETHER RACE」。中々エキサイティングだった。Graphic Artist「TT」とハイファナのPVなどを手掛けている映像作家「ファンタジスタ歌磨呂」によるセッションライブペイント、日本代表のトゥーリオ選手をフィーチャーし、フットボールをテーマとしたアート・インスタレーション「BRAZIL+BRAZIL=TULIO」、また、NIKEがNYを初めとした各地で行っているエイズ撲滅運動のイベント「RACE UP」etc…といった幾つものエキシビジョンが横断的に展開するというイベントだった。壁面に描かれたグラフィック・アートは未完成の状態で発表され、アーティストが観客の前で行なうライブ・ペイントによって最終的な姿に仕上げられる。アートが完成に至るプロセスを体感させる、という仕掛けがハイライトだ。そのパフォーマンスはダイナミックでNIKEらしい。今後も「NIKE STADIUM TOKYO」では様々なスポーツをテーマとしたアート・インスタレーションの展示を行なっていくようだ。

NIKE STADIUM TOKYO
http://nikestadiums.com/category/cities/tokyo/

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Sonny Rollins Live in 65&68

JAZZ FILE : Sonny Rollins Live in 65&68 - WOWOW online
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 WOWOWで観た昔のソニー・ロリンズのライブ。昼間の再放送ということもあり、なんとなく軽い気持ちでTVを点けたのだけれど・・・

 でも、やはりその演奏の質に驚かされる。テナーサックス:ソニー・ロリンズ、ベース:ニールス・ペデルセン、ドラム:アラン・ドーソン。僕以外に誰もいない午後のリビングで、彼らの演奏はあまりに心地よく響き続ける。僕は暫し家事の手を止めることになる。皿なんか後で洗えばいいし、豆を煮込むのも後で構わない(洗濯も・・・とか言い出しそうになる。家事ってきりがないですね、ほんと)。

 JAZZ FILEで取り上げられていたソニー・ロリンズのライブは、前半・後半に分かれ、それぞれ演奏時期が違う。前半は1965年、後半は1968年の演奏。どちらもデンマークでプレイされたものだが、前者はコンサート・ホールでの演奏、後者はテレビ・スタジオでのセッションとなる。基本的にプラグレスのトリオ演奏だが、後半はケニー・ドリューのピアノが加わってカルテットとなる。

 それにしても、この時期のソニー・ロリンズのスタイルは、結構ひとつの幸福な調和状態にあるような気がする。創作者であろうとする姿勢と、ひとりの経験豊かな演奏者としての姿勢との。なんというか、その演奏はとても落ち着き払っている。少なくとも「聴かせてやる」という気負いなんて、どこにも感じられない。とにもかくにもクールな演奏。ソニー・ロリンズの魅力のひとつといえば、やっぱり「奇跡的なアドリブ」ということになるかもしれない。けれどもそれは、たとえば共演するプレイヤーの力量や相性によっては、いささか大げさなものにもなりかねない。65&68のライブには、過剰な「はみだし」がない。それはもちろんバンドの質がいいということもあるけれど、アドリブの際に発生する冒険心みたいなものは、一種の自制心のようなものによって、適度な分量に抑えられている。終始コントロールされたドライブ。もちろん演奏には艶があり、伸びやかなメロディにはハリがある。でも、過ぎたるものは一切ない。

 人々は、それがソニー・ロリンズであるということだけで、多くのものを期待してしまう。でも仕方がない。すぐれたプレイヤーにとってそれは避けがたい宿命だ。もちろん、非常に頭の切れるソニー・ロリンズである(同時にその性格は繊細で、思うところあって一時期シーンから姿を消したりしたこともあるなど、非常に人間的な人物であることもよく知られている)、人々が自分の演奏に何を求めているのかなど、よくわかっていた。だからこそ定住に飽き足らないロリンズは、意識的に、一種の可逆性を残しつつ、様々なプレイスタイルに以降挑戦していくことになる。70年代はフュージョン畑のプレイヤーとのセッションも意欲的に試みたし、80年代にはエレクトリックも取り入れた。うまくいったこともあり、うまくいかなかったこともある。しかしそのプレイの骨格にあるものは、ちょっとやそっとじゃびくともしない。その芯に一貫したソニー・ロリンズらしさを感じ取ることができる。そうした堅牢な“ソニー・ロリンズ性”は、時代を超えて僕らの心を惹きつける。

 65&68のライブ、良かったですよ。また放送しないかな。

 ちょっと話題を変えて。前田憲男&ウィンドブレイカーズの話。実は先日行なわれた30th Anniversary のライブを見に行ってきました。演奏そのものは、さすがのウィンドブレイカーズだけあって、悪かろうはずもない。ベースで歌わせる『Beautiful Love』のアレンジなんて、いかにも前田憲男氏らしいし、『Sambop』には若々しいダイナミズムがあった。それに稲垣次郎氏のテナー・サックスは相変わらず色気に溢れている。
でも、ちょっとステージには問題があった。有楽町朝日ホールはジャズを聴く場所としては少々オーセンティック過ぎるのだ。もちろん格式ある場所には違いない。けど、ステージ上は素っ気ないと言えるほど装飾は一切ないし(デコラティブである必要は全くないけれども、折角のウィンドブレイカーズの30周年なのだから、“30th”をあらわす何らかのものがあってもいい気がする)、そしてバンドと観客のあいだには、ちょっと距離がありすぎる。ホールの性質から仕方がないのかもしれないけれども、飲みながらジャズを聴けないというのもちょっとという気がする。けど、観客はとても真面目に、しゃんとして演奏を聴いている。クラシックの演奏会のように。この日の観客は僕よりわりに上の世代が殆どで、ずっとウィンドブレイカーズを追いかけてきた人々が多いから、どんな状況でも「ひとつ聴いてみよう」という余裕がある。でも僕はそうした禁欲的な雰囲気には、結局なじむことが出来なかった。出来ることならば、一杯ひっかけつつ、体をリズムに乗せてジャズは聴きたい(ちなみにチケット代は¥7000。そしてお土産にパスタの乾麺が配られる)。

 『Beautiful Love』といえば、それを歌っている最近のジャズシンガーの中で、文句なくお気に入りなのが、ソフィー・ミルマン。声質が圧倒的にいい。下記のURLから試聴出来るので、良かったら聴いてみてください。
http://musico.jp/contents/contents_index.aspx?id=tZT3O

「切画」は語りかける



素晴らしい絵画は、人から言葉を奪う。
その絵画がもたらす世界には言語が必要とされないからだ。

丸善丸の内で風祭竜二切画展 - 銀座新聞ニュース

ゆたかに踊る色彩。そして光の輝き、影の感触・・・唯一無二、切り絵と一線を画す「切画」という世界。
個展にて実物の切画を目の前にしたとき、その圧倒的な迫力と磁場につい言葉を失ってしまった。
小刀で彫刻のように切り出されていった紙。それが細心に重なり合っていき、光と影のコントラストが織りなされていく。やがてそれは、ときに200色にも達するという色紙の鮮やかな彩りに迎えられ、ゆたかな色彩のしらべを響かせる。平面にありつつ、それは揺るぎない立体であることを感じさせる。画の前に立っている者を次第にその奥行きに誘い込んでいく。

“つい言葉を失ってしまった”というさきほど書いた表現は、あるいは正しくないのかもしれない。じっと作品をみつめているあいだ、僕の持っているすべての言語は“失われてしまった”のだ。
すぐれた芸術は、そっと人々の心に忍び込んでくる、言葉を奪っていく。そして、奪った言葉のかわりに、ある種の振動を置いていく。その振動はとても音楽的なパーセプションを伴っていて、人々の内側にある何かをぐらりとさせる。そのぐらりときた場所は、いわば「魂のありか」なのだ。すぐれたアーティストは、そのように作品を通して魂の交流を行なうことが出来る。

追記
個展に足を運んだ折、風祭さんご本人とお話しすることができました。それはとても貴重な経験であり、光栄なことでした。
そして、ほんとうにタフなアーティストがそうであるように、風祭さんはとてもお優しい方でした。

Japan PM quits before election

Japan PM quits before election - Reuters (June 2, 2010)
Japan’s Premier Will Quit as Approval Plummets - International Herald Tribune(The Global Edition of NYTimes) (June 2, 2010)

外部の視点から見て、この辞任はどのように受け止められるのか。ヘッドラインが象徴的だ。 

あるいは、このような記事もある。

How Will Japan Prime Minister Yukio Hatoyama's Move Affect Global Relations? - Japan Real Time - WSJ (June 2, 2010)



論調としては、外交面や市場への影響が主なトピックで、批判よりも状況を淡々と分析しているものが多い。海外メディアの反応なので、それは当然だ。悲嘆したり興奮したり脱力したりはしない。自国の出来事でない限り、特殊なケースを除いて感情面での大きな起伏は生まれにくい。

日本はいま、戦時下にあるわけでも暴動により極端に治安が悪化しているわけでもない。しかしどういうわけなのだか、異様なペースでの首相交代劇が続いている。もちろん、自民党政権時代に派閥政治の分裂・末期的症状として相次いだ辞任劇と今回の鳩山首相の辞任はフェーズがまったく違うので、安易な混同はできない。しかし、政権交代以降も短期的な首相交代が起こるという状況は、他国からすれば異様な状況に映るだろう。

短期間で首相が辞任すると、党が掲げていた中・長期的なビジョンへの信頼は低下する。またそれ以前の話として、プライムミニスターという存在自体への国際的なクレジットが決定的に低下する。それはとりわけ外交面において大きな損失を生む。短期で辞任する可能性がある人物と、様々な外交問題について長期的な視点で意見交換する意義を見出すことは困難だ。

首相の交代には莫大なコストがかかる。民主党内の人事調整が長引けば、政府の掲げていた経済成長戦略と財政規律も少なからず停滞する。そうした具体的なコストのことを考えるといかにも気が滅入るが、参院選を控え、また政局の話ばかりが報道されるのだろうと思うと憂鬱になる。

辞任に至ったまでのプロセスについて、ここで書こうとは思わない。残念ながら、本質からかけ離れた不毛な議論ばかりが続いていて、そこに希望を見出すことは難しい。有能だが権力のない若手議員達が、内部でスポイルされずに仕事を行える環境が必要だ。可能な限りポジティブに考えればの話だが、今回の辞任が若手議員が然るべき前線へ出る契機に繋がればいいと思っている。

Ikeda Museum of 20th Century Art

Ikeda Museum of 20th Century Art (池田20世紀美術館)』にて。
伊豆・一碧湖近くにある、1975年に設立された国内初の本格的現代美術館。
ピカソ、ダリ、シャガール、ジョアン・ミロらの絵画を収蔵する。

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英チェーン店が「チョコレート債」発行、利息は商品で - ロイター(jp.reuters.com) (May 25, 2010)

非常にユニークで、遊び心ある面白いアイディア。
投資家は、現金ではなく箱入りのチョコレートで利息を受け取ることができる。

TONY BENNETT

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クリント・イーストウッドが制作したトニー・ベネットのドキュメンタリー・フィルム『TONY BENNETT MUSIC NEVER END』では、名曲「霧のサンフランシスコ(I LEFT MY HEART IN SAN FRANCISCO)」について、こんな風に語られている。
「トニーは歌詞を超えた感情を注ぎ込んだ。つまりSan Franciscoが思い出の場所とは限らない。San Franciscoは思い出の象徴なんだ。その場所がどこであれ、変わることなく存在する」
 
フランク・シナトラの偉業を引き継ぎ、デューク・エリントン、レイ・チャールズ、ハリー・ベラフォンテらと時代を駆け抜けたトニー・ベネット(キング牧師とともに公民権運動にも参加していた)が、80歳を超えてなお美声を響かせている事実は、驚くべきことだ(最近ではジョン・レジェンド、C・アギレラとも共演している!)。

50's America…Cadillacのテールフィン、James Deanのブルージーンに存在した『夢のアメリカ』。
いまもトニー・ベネットの歌声の中に『夢のアメリカ』が聞こえる。地上の何処にも存在しない、現実のアメリカではない、Golden America...。

SADE | SOLDIER OF LOVE

 『何か言いたいことがあるときにしかアルバムを作らない』と、SADE ADUは言う。

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With ‘Soldier of Love,’ Sade’s Old-School Comeback Works - NYTimes
Sade Stays on Top - NYTimes

 SADEが“久々に”新譜『Soldier of Love』をリリースした。“久々”と一口に言っても、前作のアルバム『LOVERS ROCK』をリリースしたのは1999年のことだから、ちょっと次元が違う。実に10年ぶりの新作となるわけだ。それでいながら、各国のチャートで1位になったりしてしまう。これは、現代の音楽業界において、ちょっとスゴイことじゃないか、と唸ってしまう(いや、ちょっとどころじゃないですね)。音楽業界だけじゃなく、基本的にSHOW BIZの世界は活発な新陳代謝を要求されるから、多くのアーティストは積極的に時代の空気を吸い込んで、自らの活性化を試みる。けど、シャーデーというバンドの呼吸の仕方は昔からナチュラルだ。それは淡々と自分のペースを保ってランニングし続ける長距離走者、あるいは大自然のリズムに沿って生命を営む樹木の息吹を連想させる。だから、この10年というターム―――それがシャーデーである―――が、ごく自然なものに感じる。「ああ、そういえばあれから10年になるんだよな」という感覚だ。

 幾つかのメディア(特に外国の)が、『Soldier of Love』はシャーデーのカムバックだ、という表現の仕方をしているけれども、ちょっとそれはニュアンスが違う気がしてしまう。シャーデーとしてみれば、久々にアルバムを作ろうかしら、という何かのきっかけがあり、そして何かが沸騰してシューと蒸気が吹き出るみたいに『Soldier of Love』が生まれる、それが前作をリリースしてから“たまたま”10年空いた、みたいな具合で、よく巷で用いられる“充電期間”とか、“潜伏期間”には相当しない(潜伏期間に相当しないのは当たり前ですね、まあいいや)。と、非常に勝手な想像ではあるんだけど、だいたいそんな感じなような気がする。

 親しい友人と暫くぶりに再会したときのような感覚が、シャーデーの新しいアルバムの中にある。それは、聴いている人間の何かを浄化する。「やあ」「久しぶり」の2語で事足りる、バンドとリスナーの自然な親密さは『Soldier of Love』に健在だ。10年という時の流れは存在しても、相変わらずSADEのサウンドは自然なドライブを聴かせてくれる。

憤りを覚える『誤爆』という言葉

NATO Airstrike Kills Afghan Civilians -NY Times(February 22, 2010)

『誤爆』という言葉には義憤を感じる。誤爆という言葉は殺戮の残酷な具体性を隠蔽する。

An airstrike by United States Special Forces helicopters against what international troops believed to be a group of insurgents ended up killing as many as 27 civilians in the worst such case since at least September, Afghan officials said.

アメリカ空軍による空爆が、またしても多くの民間人の犠牲者を生んだ。軍の司令官は『誤爆』という言葉を用い、遺憾の意を表明する。そして言い訳のようにその都度軍による『調査』が行なわれる。何度も繰り返されてきたことだ。アフガン大統領府は「弁解の余地はない」と誤爆を強く非難したが、それは至極当然だ。犠牲者を生む『誤爆』があまりにも頻発している。

憤りを覚えるのは、こうして空爆が犠牲者を生んだときに『誤爆』という言葉が用いられることだ。言うまでもなく爆撃が破壊する対象は建造物だけではない。そこに存在した人間の肉体を、爆風が、火炎が、衝撃が、ことごとく粉砕してその生命を奪う。一帯には血が流れ、破壊された人身が拡散する。しかし『誤爆』という言葉は、こういった殺戮の残酷な具体性を隠蔽する。いったいあの司令官は何を遺憾としたのだろう。各々の生命活動は無に返され、阿鼻叫喚の地獄絵図の中、命の尊厳は、犠牲者数という統計によって返上される。しかしアメリカ軍はこの殺戮を誤爆とアナウンスし続けている。『誤爆』という言葉は、他の多くの事実をもまた覆い隠す。犠牲となった民間人がそれぞれに営んできた生活、人間関係、絶望する家族・・・そういった具体的なファクトすらもだ。

New Audi A5 Sportback Exclusive

At a reception party, "New Audi A5 Sportback".
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The medical secret behind Mona Lisa's smile?

The medical secret behind Mona Lisa's smile? -BBC
At 16:14 GMT, Wednesday, 6 January 2010

Dr Vito Franco
という不思議な医師が、Mona Lisa診察した。

Mona Lisaは脂肪組織腫瘍の兆候がある」

Dr Vito
Mona Lisaをはじめ、ボッティチェリの肖像など数々の芸術を診察し、医学的なレポートを纏めたという。でも、記事にある診断は結構おどろおどろしい。もちろん言うまでもなく、それはただの仮説である。とはいえ、Mona Lisaさんもいまさらコレステロール値の心配なんかされて大変だなぁ、と思う。16世紀から微笑み続けてきたというのに。まぁ、芸術にはいろんな楽しみ方があるものです。いろんな扱い方をされるものです、と言えなくもないけれど。