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RYUJU'S CAFE
脚本家・龍樹のオフィシャルHP
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GLASS DESIGN FROM FINLAND

FINLANDGLASS
 GLASS DESIGN FROM FINLAND - Suntory Museum(2013)


 18世紀後半から現代まで、各時代のフィンランド・グラスが並ぶデザイン展。
 現代アーティストによるグラス・アートの展示もあったのだが、名もなきグラス、ささやかな装飾の平皿など、「卓上の美」の方に感動を覚えたのはいったいなぜなのか。
 
 Timeless design product.

 Lasting design against throwawayism.

HAPPY NEW YEAR

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 昨年末、米誌ニューズウィークは、紙版最終号を発表しました。
 約80年の歴史を持ちながら、デジタル化への完全移行を決断したのです。
 それは、真に新しいことに挑戦するために、決然と過去に背を向ける
 という姿勢を物語っています。
 英断。
 しかし同時に、ふと、あるひとつの言葉が思い出されます。
 それは、最後まで原稿用紙に拘り続けた阿久悠氏の言葉です。
 要約するとそれは、次のようなニュアンスでした。
 「(紙の何がいいか?) 読み手は文字を追い、自然に目が動く。視線が追う。
  おのずと、ウンと頷く姿勢で読む。タテ書きなら、もっとウンウンと頷く。
  そこに、Contact”がある」
 
 2013年が始まります。
 決然と新たな挑戦を。
 そして、デジタル・ボディに、アナログのハートを。
 
 今年も宜しくお願い申し上げます。
 皆様の益々のご活躍とご多幸をお祈りして。
 
 脚本家・龍樹

Last PrintIssue

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Newsweek LAST PRINT ISSUE -Japan cnet(December 27, 2012)


 デジタル化への完全移行という、大きな決断。
 20世紀を彩った、この歴史ある雑誌の決断は、
 いったい、何を象徴しているのだろうか。
 ページを巡るたびに、微かにインクの感触を覚えた私の指先は、
 やがて過去の記憶のものになるのだろうか。
 たしかに、環境のこと、コストの合理性を考えれば、
 その決断は、当然ともいえるのかもしれない。
 しかし。ふと、ひとつの光景を思い描いてしまう。
 試合終了後の、野球のスタジアム。グリーン・フィールド。
 打球の音は聞こえない。選手達は既にベンチの奥へと消えている。
 観客もまた、ひとりまたひとりとスタジアムを後にする。
 スコアボードはもう消えていて、誰が勝者かは分からない。
 割れんばかりの大歓声が、耳にこびりついている。
 けどいまフィールドに響くのは、球場を去る観客の足音だけ。
 ・・・
 これは、ただの感傷なのだろうか。
 それとも、何か別の感情なのだろうか。
 これから敢えてマウンドに立とうとする選手におくられるものが、
 歓声か、ブーイングか、私には知る術はない。
 ともかく我々は資源という資源を貪り尽くしてきた。
 こうした感情を抱くことすら罪だといわれる時代とならぬ前に、
 何かの手を打たなければいけないことは、分かっているのだけれども。

JACQUES PREVERT | PAROLES

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かつて作家の伊集院静氏は寺山修司の詩について、彼の言葉の選択はいつも大衆のスタンドの中に在った、だから今も輝きを失わない、という意の言葉を残した。
それはジャック・プレヴェールについてもあてはまるのではないか、と思っている。

LE JARDIN

  Des milliers et des milliers d'annees
  Ne sauraient suffire
  Pour dire
  La petite seconde d'eternite
  Ou tu m'as embrasse
  Ou je t'ai embrassee
  Un matin dans la lumiere de l'hiver
  Au parc Montsouris a Paris
  A Paris
  Sur la terre
  La terre qui est un astre.
  
-Jacques Prevert

幾千年、幾万年かけても及ばない
あの永遠の一瞬について 語るには
俺が君にくちづける
君が俺にくちづける
冬の光射す、あの朝
パリ14区の公園で
パリ、地上、ひとつの地球の上で

ジャック・プレヴェール「園地」/ 拙訳

瀬戸内海 | Seto Inland Sea

 瀬戸内海にて。直島へ向かう船上から。
 時にたゆたうような、海。

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Manhattan

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イエロウに塗られた、キャビン・フォワードのマーキュリー。
環境のためとはいえ、見慣れたキャブの風景がもうすぐ
New Yorkから姿を消してしまう。
それは、少し淋しいことでもある。


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軍艦島「JAPAN HERITAGE」ロケハン

前項に続き、これも「JAPAN HERITAGE」のロケハンにて。
安易な感動を拒む、日本近代遺産の中でも異質な存在。

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オランダ坂の猫たち

JAPAN HERITAGE」のロケハン、長崎にて。
 オランダ坂の近くで、猫の一家と遭遇。当然のようにここで一息入れて、猫と遊ぶことにする。この猫の一家は、別の日もこの辺りで、のんびりとひなたぼっこをしていた。羨ましい限りと言いたいところだけど、猫さんには猫さんのサバイバルというものがあるので、迂闊なことは言えない。
 この猫の一家は、けっこう人なつっこい。僕らがそこに居る限り、この猫たちも僕らに構ってくれる。よしよし。


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Hemingway | A Moveable Feast

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 もしも、幸運なことに  
 若き日を、パリで過ごすことができたなら、
 その後の人生をいかなる場所で過ごそうとも、パリはついてまわる。   
 なぜならば、パリは移動祝祭日だから、だ。

 これは、ヘミングウェイの記した「移動祝祭日」における、有名な序文だ。
「移動祝祭日」は、1921年から1926年にかけてヘミングウェイがパリで過ごした日々の思い出が綴られている書で、僕は当時、これを二十歳の時に読み、青年期にありがちな夢想を繰り広げ、しばらくすると旅の用意を調え出し、やがて、導かれるようにしてパリへ向かった。そして、その通りになった。あの序文の言葉通りに。当時大学生だった僕は、理工学部に属していたのだが、仏文科に転部して、親を悩ませることになる。この言葉を読んでいなかったら、僕は理工学部をそのまま卒業し、エンジニアになっていたかもしれない(そんな才能があればの話だけども)。そういった意味においては、僕の人生においてひとつの転機となった言葉ではある。

 タイトルの「移動祝祭日」という言葉は日本人としては馴染みにくいが、要するに年ごとに日付の変動する祝日ということである。ヨーロッパでは聖人にちなんだ祝日が多いので、わりにこういった祝日が多い。祝うべきことが先立ち、決まりごと=日付は、その後を追いかける。ともかく、ヘミングウェイはパリで過ごした日々について、人生における祝祭日のようなものと考えたわけだ。かれがパリで青春期を過ごした20年代は、パリの至るところで新しい芸術が生まれようとする息吹があり、それはもう刺激的な街だった。かれの傍にはゼルダとの関係に悩むフィッツジェラルドがあり、スタイン、パウンド、ジョイスらが居た。カフェに腰を据えるかれのそばには、つねに何杯目かのコーヒーか、或いはカラフェの安ワインがあった。寒い日にそれは、生のオー・ド・ヴィか、あるいは温かなヴァン・ショーにとって変わられる。かれはそれを飲み、思索に耽り、将来を案じ、そして、ただひたすら書いた。それが青春期のヘミングウェイだ。かれはひとりカフェに居て、ときどき美しい女に出逢う。そんなある日の記述がなかなか良いので、ここにちょっとだけ抜粋したい。

 一人の若い女性が店に入ってきて、窓際の席に腰を下ろした。とてもきれいな娘で、もし雨に洗われた、なめらかな肌の肉体からコインを鋳造できるものなら、まさしく鋳造したてのコインのような、若々しい顔立ちをしていた。髪は烏の羽のように黒く、顔にナナメにかかるようにきりっとカットされていた。 ひと目彼女を見て気持が乱れ、平静ではいられなくなった。いま書いている短編でも、どの作品でもいい、彼女を登場させたいと思った。しかし彼女は外の街路と入口双方に目を配れるようなテーブルを選んで腰を下ろした。きっとだれかを待っているのだろう。で、私は書きつづけた。 ストーリーは勝手にどんどん進展していく。それについていくのがひと苦労だった。セント・ジェームズをもう一杯注文した。顔を上げるたびに、その娘に目を注いだ。鉛筆削り器で鉛筆を削るついでに見たときは、削り屑がくるくると輪になってグラスの下の皿に落ちた。  ぼくはきみに出会ったんだ、美しい娘よ。きみがだれを待っていようと、これっきり二度と会えなかろうと、いまのきみはぼくのものだ、と私は思った。きみはぼくのものだし、パリのすべてがぼくのものだ。そしてぼくを独り占めしているのは、このノートと鉛筆だ。 それからまた私は書きはじめ、脇目もふらずストーリーに没入した。いまはストーリーが勝手に進むのではなく、私がそれを書いていた。(高見浩 訳/新潮文庫)

 たしかにこれは、一人の若い女性について書かれた記述ではあるけれど、かの女にたいする思いは、かれのパリに対する思いでもある。きみがだれを待っていようと、これっきり二度と会えなかろうと、いまのきみはぼくのものだ。そして、パリでの日々はかれの肉体の一部になった。それからかれがどこへ行こうとも、パリはかれの中に棲み続け、かれの心を捉え続けた。それはたしかに、「移動祝祭日」だった。決して長かったとは言えないかれの、人生の中の青春期を彩った、祝祭だった。

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 そして、いまのぼくも、パリのカフェに居る。サン・ミッシェル広場の近くの、こぢんまりとしたカフェだ。時刻は午後の九時を回ろうとしているが、7月のパリは、夕刻手前のように明るい。だから、まだ夜ではない。観光客があちこちへカメラを向け、老婦人が手慣れた感じでその間を縫って歩いている。かの女はバゲットと、野菜を詰め込んだ袋を抱えている。広場では、若い男がよくわからないパフォーマンスをしている。民族楽器のようにも見える変わった太鼓を持っているが、かれはそれを叩くことはない。ただ、呪詛のようにひたすら言葉を吐き続けている。即興詩人なのかもしれない。やや斜めに置かれた隣の席では、モデルのように綺麗な女性が、細いタバコを咥え、火を点けようとしている。たが、なかなかライターの火が点かない。すかさず、近くに居たウェイターが手で風よけを作ってやる。かの女は礼を言うかわりに、とっておきのスマイルをかれに差し向ける。微風のおかげで、かれは得がたいものを得る。やがて22時になる。だがまだ日は暮れない。この長い昼を味わうがために、夏のパリには訪れる価値がある。肌を灼き、さんさんと照りつけ、茹だるような暑さをもたらす夏の陽と、きんきんと冷やされたカラフェの中の白いワイン。少なくとも、ここには他のどの場所にもない時間の流れ方がある。パリにやってくるのは数年ぶりだったけど、昔を思い出して、いちいち感傷に浸ったりはしない。パリはあのときと変わらない。ブックマークを挟んでおいた小説を再びめくるように、なんの留保も澱みもなく、以前とかわりなく物語は進む。ぼくは抗うこともなく、その自然な流れの中に身を置いている。思索に耽ることもなく、以前も座ったことのあるこのカフェで。ぼくはただ、ぼぅっとしている。
 あの「移動祝祭日」は、ヘミングウェイが無名時代の日々を記したものだ。それが書かれてから、もう100年にも迫るときが流れている。しかし、その輝きはいまも失われていない。かれの文体も、パリの描写も。

 パリには決して終わりがなく、そこで暮らした人の思い出は、それぞれに、他のどの思い出ともちがう。私たちがだれであろうと、パリがどう変わろうと、そこにたどり着くのがどんなに難しかろうと、もしくは容易だろうと、私たちはいつもパリに帰った。パリは常にそれに値する街だったし、こちらが何をそこにもたらそうとも、必ずそれを見返りに与えてくれた。が、ともかくこれが、その昔、私たちがごく貧しく、ごく幸せだった頃のパリの物語である。(同じく、高見浩 訳/新潮文庫)


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パリのクルマ事情

 パリの縦列駐車は、ローマのそれと並んで、ちょっとした観光名物だ。クルマの全長より、ホンの僅かでも余白のあるスペースを見つけたら、このときばかりに、ねじ込もうとするクルマをあちこちで見かける。中世の街並みが、いまもそのまま都市として現存するこの街では、当然のこととして碌々パーキングスペースなんてない。だからパリを往来するドライバーは、老若男女問わず、縦列駐車に関しての一家言を持つ事になる。


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 パリの縦列駐車は、ローマのそれと並んで、ちょっとした観光名物だ。クルマの全長より、ホンの僅かでも余白のあるスペースを見つけたら、このときばかりに、ねじ込もうとするクルマをあちこちで見かける。中世の街並みが、いまもそのまま都市として現存するこの街では、当然のこととして碌々パーキングスペースなんてない。だからパリを往来するドライバーは、老若男女問わず、縦列駐車に関しての一家言を持つ事になる。

 前後のバンパーをコツンコツンと当てながら、パズルみたいにスペースを埋めていくやり方はある程度共通するとして、最初のハンドルの切り返しにそれぞれの流儀が出る。ノーズから切り込むか、はたまた、バックでテールから切り込むか。ほとんどのドライバー達は、それぞれ縦列駐車に自信を持っているから、駐車に手間取るドライバーに対して容赦をしない。行く先を塞ぐクルマが一向にスペースに収まる気配がなければ、クラクションを鳴らすかわざわざ窓を開けて罵声を浴びせる(それも、『お前はおとなしくリンゴでも剥いてろ(*注)』みたいに、良く分からない罵り方をする)。達人クラスになると、バンパーが触れるか、触れないかくらいの微妙な間を保って、スルリと滑らかな操作で入れてしまう。こういうのは見ていても楽しい。カフェでのんびり一杯やっていると、たまに目の前で、師範代と呼びたいくらいの縦列駐車を見かける。こんなときは思わず拍手を送ってしまう。すると、だいたいのドライバーはウィンクか何かを返してくれる。これもまた、老若男女問わず。

 こういうときのパリは、ちょっといいなと思う。縦列駐車みたいな日常の些事に、物語が膨らんでいく素地がある。これが東京だと、いくら上手く縦列駐車しても、せいぜい駐車監視員から「ちゃんと300円入れろ」と視線で念を送られるくらいだものね。もちろん、東京には東京の良いところが、沢山あるけれども。

*注
 この罵りは、今回の滞在で聞いたもの。モンマルトルに向かう途中のタクシーの中で。そこまでニコやかに話していた柔和なおじさんが、いきなり血走った顔で窓を開けて怒鳴るんだから、あれにはびっくりしたな。

FRANCE | LA LOIRE

番組のシナハンで(正確には構成ハンティング)、フランス・ロワール地方へ。ロワール川は、全長1000キロメートルにも及ぶフランス最大の大河で、河口は大西洋に臨む。このとき僕が向かっていたのは、この川の中ほどの流域「シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」と呼ばれるエリア。数々の歴史的な古城が建ち並ぶことから、世界遺産に指定されている。ここには、かつて王たちが美の粋を競った、ルネサンス時代の宮殿が綺羅星のごとく点在する。


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韓国へ

 舞台打合せのため、早朝から韓国へ。
 これから、ある女優に会うことになっている。非常に楽しみ。


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J-WAVE 81.3FM「100万人のキャンドルナイト」@増上寺

カウントダウン後、東京タワーの照明が落ちて、増上寺の本堂は無数のキャンドルの灯りによってとても幽玄な雰囲気へと変わった。
仄暗い灯りの中で、絶品のSalyu、birdのライブ、冨永愛の朗読が行なわれる。難しいことは考えず、ただ感じるがままに聴き入れば、言葉では表しがたい感触に包まれる。
キャンドルの灯りは、その場所に立つ人々になんらかのインスピレーションを与えてくれた。

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Jean-Paul Gaultier | Paris Fall Winter 2011


決して「Gaultier贔屓」という訳ではないのだが、最近の彼のショーは一頭地抜けて面白い。
ランウェイを躍るのは、「年相応のエレガンス」。どうやらゴルティエは、マダムが小娘のファッションに倣う近年の風潮に疑問を抱いているようだ。

一方でコレクションそのものよりも、コンセプトの方が立っているとも感じた。それでは本末転倒、そう云われればそれまでだが、少なくともかれのクリエイションは、見る者の記憶に手跡を遺す。

政局という徒労 | How long can Kan remain prime minister?

How long can Kan remain prime minister? - Asahi.com (Jun 5, 2011)

 物語が生まれるベースの感情の一つに「怒り」がある。「怒り」はとてもネガティブな感情だが、既存の価値を転換するモチベーションを生んだり、固定された体系を打ち破るエネルギーを生んだりする。
 しかし、現政府の政局を巡るニュースには「怒り」を通り越して、「徒労」しか感じない。「徒労」という感情は、ある種の空しさから生まれる。数年の間、いったい何人の首相が任期半ばを前に交代しただろうか。外部からの視点、集団の外側から見たら、この動きがどんなに異様な光景に映るか。この騒動の渦中にあるかれらはそういった検証機能を失っているように思える。時間と資源、コストは有限なので、あきらかな最優先事項のことを考えて欲しい。復興関連法案を速やかに通すこと、ひとつでも多くの仮設住宅を設置すること、真夏までに衛生状況の改善を図ること(打ち上げられた魚など、現地は兎に角悪臭が酷い)、基本的なライフラインの回復。「危機からの復興」などと抽象的なメッセージを発するのではなく、そういった当たり前のことを、速やかに行なって欲しい。

ニューヨーク市民の反応は?  New York Reacts to Osama bin Laden's Death

Live Blog: New York Reacts to Osama bin Laden's Death - The NewYork Times (May 2, 2011)

 LINKは、ウサマ殺害のニュースに対するNY市民の反応。その日ルーズベルト病院で出産したばかりの女性、9.11で救助活動にあたった消防士たち、仏教徒のニューヨーカー、グランドゼロで喪に服す人々、ブルックリン近隣のイスラム教徒・・・それぞれが抱える複雑な思いがレポートされている。

 こういったニュースを耳にするたび、思い返す言葉がある。
 それは、ガンジーが遺した次の言葉だ。

「宗教というものは、なのです。世界を見つめる、
 なぜ、右目が左目より優れていることがありましょうか。
 両目を通じて世界を見つめれば良いのです」
        ―――Mohandas Karamchand Gandhi

京都の桜  大覚寺、円山公園、平安神宮


京都の桜は、見る者にひとつの「病み」を遺す。 その病みは親しい者との別れにも似ている。名残惜しくて、去り難い。

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食の色彩

 京の料理は目にも楽しい。水際立つ色彩がある。

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・もち料理「きた村」
 京都市下京区木屋町仏光寺上ル
 http://www.kyoto-yuka.com/simokiya/kitamura.html

京都:鴨川、伏見、十石舟

 東京にいる限り、変動し続けるあらゆる価値観へ応じなければいけない。
 食文化にアート、建築やファッション。日常の中にあらゆる国々の文化が入り乱れ、そして流行り廃りを繰り返している街では、価値観は固定せず、流動的だ。
そういった意味において、京都は東京と対をなす。千年単位の歴史観が感じさせるのだ。動き続けているものなど、所詮水面の出来事に若かないのかと。

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京都:西陣、京町家、二年坂

 京都ではあらゆるものが―――人々の話し方、時の流れ方が―――ゆったりと感じられる。
 それは、他のどの場所に存在しない時間の流れ方だ。

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Jean Paul Gaultier | Haut Couture paris Spring Summer 2011



 ジャン=ポール・ゴルチエのパリHC、2011SS。久々に心動かされたコレクション。ゴルチェのとてもいい部分が発揮されている。ロックで、クールで、はすっぱで、セクシー。どこにも媚びなんかない。80'Sのエッジを感じるが、あくまで将来を見せている。ショー演出もユニーク。音楽を使用せず、各クローズの特徴を淡々と語る朗読だけがバックグランド。しかも、その朗読はカトリーヌ・ドヌーヴ。

Ayrton Senna | BEYOND THE SPEED OF SOUND

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Official Site "Ayrton Senna : BEYOND THE SPEED OF SOUND"

最期の日、彼が開いたという聖書の一節があまりに印象深い。
「神はあなたに素晴らしい贈り物をする。それは神自身だ」

雨のレースでの驚異的なマシンコントロール。アンダーステアのマシンでのコーナーリング中、小刻みにアクセルを煽ってスライドさせ、圧倒的な旋回スピードと高回転域の出力を得る独自のアクセルワーク・・・映画の中に記録されているアイルトン・セナのどれもが神がかりなドライビングで印象深いが、何よりも忘れがたいのは彼のひんやりとした哀しみを湛えた目だ。

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セナは言う。“悲しみを理解するには、人間の心はあまりにも小さすぎるんだ”。

ジェームス・ディーン、S・マックィーン、早く逝ってしまった彼らに共通する、どこか淋しげで陰のある,澄んだあの目。

AYRTON SENNA―The First Decade ほんとうに、早過ぎる死。

1930’s Rolls-Royce Phantom

 ペニンシュラ東京の前に停車されていた、1930年代のロールズロイス・ファンタム。
 ただそこにあるだけで、世界を一変させる一台。

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THE MUSEUM OF CONTEMPORARY ART,KARUIZAWA

The Museum of Contemporary Art, Karuizawa (軽井沢現代美術館)』にて。

長倉(旧軽と中軽の中間あたり)の森の中にあり、周到に配置された窓は木漏れ日を採光する。開放的でサロン的な雰囲気を持つところが、とても軽井沢の美術館らしい。フラッシュを使用しない限り、写真撮影にも寛容な姿勢にも好感を抱く。

ひと通り廻った後は、温かい紅茶が差し出される。巨大な美術館では味わえない贅沢な時間だ。

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葉山の海岸線

友人のウェディング・パーティがあるNowhere but Hayamaへ向かう道中、とても美しい落陽に遭遇する。素晴らしい日の、思いがけない贈物。

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21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa (金沢21世紀美術館)』にて。

兼六園の真弓坂口すぐ近くにある現代美術所蔵の美術館。グラスエリアを広く採り、クリーンで円形状にスタンスする建物の構えが、このミュージアムの指向を物語る。館内には空間を活かしたインスタレーションが数多く存在し、スクエアな天窓から空の移ろいを感じ取ることが出来るブルー・プラネット・スカイ、水面を通じて地上と地下の人々が出会うスイミング・プールは特別な視覚体験をもたらしてくれる。

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The World Heritage | The Historic Village of Gokayama

The World Heritage - The Historic Village of Gokayama

 富山県の南西端にある、小さな世界遺産の村、五箇山。

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 実際に訪れてみて、僕はある錯覚に取りつかれた。ここへ立ち寄る道中、どこかのタイミング、どこかのラインから、時間の軸みたいなものを跨いでしまったのではないか、という錯覚だ。いったん村の奥深くへ足を踏み入れてしまえば、時代を指し示すしるし―――近代的な建物、企業の広告、雑踏のざわめき、どこかしらで流れている音楽―――といったものは悉く姿を消してしまう。現代という時代そのものが一塊になり、ごっそりと深い穴の中へ落下してしまったかのように。五箇山がかつて流刑地であったことを村の人から教わる。ここはむかし、陸の孤島であったのだと。見渡すとたしかに一帯を取り囲む険しい山々が見える。

 僕は微かに緊張を覚える。いまの五箇山は世界遺産にも登録され、観光客を迎えている。でも、かつてこの集落は閉ざされた共同体だったのだ。

 暫く村の中を歩いて廻る。どんどん時代感覚があやふやになる。僕は自分がいつの時代を生きているのかという確信の拠り所を失っている。でも、人間なんてそれほど確固たる確信をもって、自分がいつを生きているかなんて実感していないのかもしれない。日付の刻まれた新聞、なんとなく見つめるTVのニュース、いやおうなしに日々届くE-MAIL。そういった身辺の小さな事象との接触で、なんとなく人は自分の生きている時代を認識しているのに過ぎないのかもしれない。村の人々と話をすることで、僕は少し落ち着きを取り戻す。でも異世界にいるような感覚は消えない。ここはどこなのか、ではなくいつなのか、という奇妙な感覚。たぶんその妙な感覚は、僕が五箇山に訪れたときの天候が、うっすら湿り気すら感じる、どんよりした曇天であったことも手伝っていたと思う。まったく日が差さない空はどこまでもスタティックで、切り立った合掌造りの屋根屋根にミステリアスな陰影を生んでいる。

 でもやがて、その感覚はどこまでいっても錯覚でしかなかったことに気づく。それは当たり前と言えば、当たり前なのかも知れないのだけれど。やがて天上を覆っていた雲が捌け、煌々と太陽が照り始める。それは間違いなくじりじりとした夏の陽差しで、だんだんと僕は汗ばんでくる。外国人のバックパッカー達がぞろぞろと歩いている姿が見える。携帯電話も通じている。かすかにラジオかTVの音も聞こえる。民宿や土産物売場があることを示すものだって、ちゃんとある。バックパッカーは腕を組んで記念写真を撮り始める。僕は紛れもなくここは現代の日本のどこかで、地に足を踏み入れることが出来る現実の場所であるという感覚を取り戻す。異質な何かは、既に僕の身体を通り抜け、どこかへ消えている。

 五箇山で僕の肌が感じていたものは何だったのかはわからない。でもこうして東京に戻ってきたいまも、写真を見て思い出すだけで、あのときのいささかフェノミナルな感触がありありと蘇る。五箇山の風景はそれまでの僕にとって、昔話やお伽噺でしか伝え聞いていたことのないものだった。しかしそれは現実の風景として僕の目の前に現れた。イメージではなく、アクチュアルなものとして。そこには何らか物語性が孕まれていた。どこかへ出向く、どこかへ足を踏み入れる。旅をすると物語性に接触する。あるときはその中に取り込まれるし、またあるときは自分自身が物語性の一部になる。旅そのものが自分自身を通過する。僕は旅をした。そしてたしかに触れたのだ。

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Diana Krall | Fly Me To The Moon



 ダイアナ・クラールのVEVO (ヴィーヴォ) から"Fly Me To The Moon"

 Fly me to the moon
 Let me sing among those stars
 Let me see what spring is like On Jupiter and Mars
 In other words, hold my hand

 私を月へ連れていって
 歌わせて 星たちの狭間で
 私に見せて 遠くの星々へ訪れる春がどんなものなのか
 つまり、この手を握り締めて欲しいのよ



 Diana Krallは楽曲にどっぷり身を浸し、せつせつと歌い上げるようなVocalistではない。どちらかというと、プレイする楽曲に対し、適度にクールな姿勢を保ちながら歌うタイプだ。だからこそ、こういったスタンダードを歌うとき、抑制の効いた彼女のスタイルは物凄く光る。彼女のHusky Soundな歌声はひんやりとした憂いを秘め、そっとぼくらの耳に届いていく。それはとてもセクシーなことだと思う。

「切画」は語りかける



素晴らしい絵画は、人から言葉を奪う。
その絵画がもたらす世界には言語が必要とされないからだ。

丸善丸の内で風祭竜二切画展 - 銀座新聞ニュース

ゆたかに踊る色彩。そして光の輝き、影の感触・・・唯一無二、切り絵と一線を画す「切画」という世界。
個展にて実物の切画を目の前にしたとき、その圧倒的な迫力と磁場につい言葉を失ってしまった。
小刀で彫刻のように切り出されていった紙。それが細心に重なり合っていき、光と影のコントラストが織りなされていく。やがてそれは、ときに200色にも達するという色紙の鮮やかな彩りに迎えられ、ゆたかな色彩のしらべを響かせる。平面にありつつ、それは揺るぎない立体であることを感じさせる。画の前に立っている者を次第にその奥行きに誘い込んでいく。

“つい言葉を失ってしまった”というさきほど書いた表現は、あるいは正しくないのかもしれない。じっと作品をみつめているあいだ、僕の持っているすべての言語は“失われてしまった”のだ。
すぐれた芸術は、そっと人々の心に忍び込んでくる、言葉を奪っていく。そして、奪った言葉のかわりに、ある種の振動を置いていく。その振動はとても音楽的なパーセプションを伴っていて、人々の内側にある何かをぐらりとさせる。そのぐらりときた場所は、いわば「魂のありか」なのだ。すぐれたアーティストは、そのように作品を通して魂の交流を行なうことが出来る。

追記
個展に足を運んだ折、風祭さんご本人とお話しすることができました。それはとても貴重な経験であり、光栄なことでした。
そして、ほんとうにタフなアーティストがそうであるように、風祭さんはとてもお優しい方でした。

Sweet-toothed investors eye candy bond

英チェーン店が「チョコレート債」発行、利息は商品で - ロイター(jp.reuters.com) (May 25, 2010)

非常にユニークで、遊び心ある面白いアイディア。
投資家は、現金ではなく箱入りのチョコレートで利息を受け取ることができる。

TONY BENNETT

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クリント・イーストウッドが制作したトニー・ベネットのドキュメンタリー・フィルム『TONY BENNETT MUSIC NEVER END』では、名曲「霧のサンフランシスコ(I LEFT MY HEART IN SAN FRANCISCO)」について、こんな風に語られている。
「トニーは歌詞を超えた感情を注ぎ込んだ。つまりSan Franciscoが思い出の場所とは限らない。San Franciscoは思い出の象徴なんだ。その場所がどこであれ、変わることなく存在する」
 
フランク・シナトラの偉業を引き継ぎ、デューク・エリントン、レイ・チャールズ、ハリー・ベラフォンテらと時代を駆け抜けたトニー・ベネット(キング牧師とともに公民権運動にも参加していた)が、80歳を超えてなお美声を響かせている事実は、驚くべきことだ(最近ではジョン・レジェンド、C・アギレラとも共演している!)。

50's America…Cadillacのテールフィン、James Deanのブルージーンに存在した『夢のアメリカ』。
いまもトニー・ベネットの歌声の中に『夢のアメリカ』が聞こえる。地上の何処にも存在しない、現実のアメリカではない、Golden America...。

SADE | SOLDIER OF LOVE

 『何か言いたいことがあるときにしかアルバムを作らない』と、SADE ADUは言う。

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With ‘Soldier of Love,’ Sade’s Old-School Comeback Works - NYTimes
Sade Stays on Top - NYTimes

 SADEが“久々に”新譜『Soldier of Love』をリリースした。“久々”と一口に言っても、前作のアルバム『LOVERS ROCK』をリリースしたのは1999年のことだから、ちょっと次元が違う。実に10年ぶりの新作となるわけだ。それでいながら、各国のチャートで1位になったりしてしまう。これは、現代の音楽業界において、ちょっとスゴイことじゃないか、と唸ってしまう(いや、ちょっとどころじゃないですね)。音楽業界だけじゃなく、基本的にSHOW BIZの世界は活発な新陳代謝を要求されるから、多くのアーティストは積極的に時代の空気を吸い込んで、自らの活性化を試みる。けど、シャーデーというバンドの呼吸の仕方は昔からナチュラルだ。それは淡々と自分のペースを保ってランニングし続ける長距離走者、あるいは大自然のリズムに沿って生命を営む樹木の息吹を連想させる。だから、この10年というターム―――それがシャーデーである―――が、ごく自然なものに感じる。「ああ、そういえばあれから10年になるんだよな」という感覚だ。

 幾つかのメディア(特に外国の)が、『Soldier of Love』はシャーデーのカムバックだ、という表現の仕方をしているけれども、ちょっとそれはニュアンスが違う気がしてしまう。シャーデーとしてみれば、久々にアルバムを作ろうかしら、という何かのきっかけがあり、そして何かが沸騰してシューと蒸気が吹き出るみたいに『Soldier of Love』が生まれる、それが前作をリリースしてから“たまたま”10年空いた、みたいな具合で、よく巷で用いられる“充電期間”とか、“潜伏期間”には相当しない(潜伏期間に相当しないのは当たり前ですね、まあいいや)。と、非常に勝手な想像ではあるんだけど、だいたいそんな感じなような気がする。

 親しい友人と暫くぶりに再会したときのような感覚が、シャーデーの新しいアルバムの中にある。それは、聴いている人間の何かを浄化する。「やあ」「久しぶり」の2語で事足りる、バンドとリスナーの自然な親密さは『Soldier of Love』に健在だ。10年という時の流れは存在しても、相変わらずSADEのサウンドは自然なドライブを聴かせてくれる。

憤りを覚える『誤爆』という言葉

NATO Airstrike Kills Afghan Civilians -NY Times(February 22, 2010)

『誤爆』という言葉には義憤を感じる。誤爆という言葉は殺戮の残酷な具体性を隠蔽する。

An airstrike by United States Special Forces helicopters against what international troops believed to be a group of insurgents ended up killing as many as 27 civilians in the worst such case since at least September, Afghan officials said.

アメリカ空軍による空爆が、またしても多くの民間人の犠牲者を生んだ。軍の司令官は『誤爆』という言葉を用い、遺憾の意を表明する。そして言い訳のようにその都度軍による『調査』が行なわれる。何度も繰り返されてきたことだ。アフガン大統領府は「弁解の余地はない」と誤爆を強く非難したが、それは至極当然だ。犠牲者を生む『誤爆』があまりにも頻発している。

憤りを覚えるのは、こうして空爆が犠牲者を生んだときに『誤爆』という言葉が用いられることだ。言うまでもなく爆撃が破壊する対象は建造物だけではない。そこに存在した人間の肉体を、爆風が、火炎が、衝撃が、ことごとく粉砕してその生命を奪う。一帯には血が流れ、破壊された人身が拡散する。しかし『誤爆』という言葉は、こういった殺戮の残酷な具体性を隠蔽する。いったいあの司令官は何を遺憾としたのだろう。各々の生命活動は無に返され、阿鼻叫喚の地獄絵図の中、命の尊厳は、犠牲者数という統計によって返上される。しかしアメリカ軍はこの殺戮を誤爆とアナウンスし続けている。『誤爆』という言葉は、他の多くの事実をもまた覆い隠す。犠牲となった民間人がそれぞれに営んできた生活、人間関係、絶望する家族・・・そういった具体的なファクトすらもだ。

The medical secret behind Mona Lisa's smile?

The medical secret behind Mona Lisa's smile? -BBC
At 16:14 GMT, Wednesday, 6 January 2010

Dr Vito Franco
という不思議な医師が、Mona Lisa診察した。

Mona Lisaは脂肪組織腫瘍の兆候がある」

Dr Vito
Mona Lisaをはじめ、ボッティチェリの肖像など数々の芸術を診察し、医学的なレポートを纏めたという。でも、記事にある診断は結構おどろおどろしい。もちろん言うまでもなく、それはただの仮説である。とはいえ、Mona Lisaさんもいまさらコレステロール値の心配なんかされて大変だなぁ、と思う。16世紀から微笑み続けてきたというのに。まぁ、芸術にはいろんな楽しみ方があるものです。いろんな扱い方をされるものです、と言えなくもないけれど。