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政局という徒労 | How long can Kan remain prime minister?

How long can Kan remain prime minister? - Asahi.com (Jun 5, 2011)

 物語が生まれるベースの感情の一つに「怒り」がある。「怒り」はとてもネガティブな感情だが、既存の価値を転換するモチベーションを生んだり、固定された体系を打ち破るエネルギーを生んだりする。
 しかし、現政府の政局を巡るニュースには「怒り」を通り越して、「徒労」しか感じない。「徒労」という感情は、ある種の空しさから生まれる。数年の間、いったい何人の首相が任期半ばを前に交代しただろうか。外部からの視点、集団の外側から見たら、この動きがどんなに異様な光景に映るか。この騒動の渦中にあるかれらはそういった検証機能を失っているように思える。時間と資源、コストは有限なので、あきらかな最優先事項のことを考えて欲しい。復興関連法案を速やかに通すこと、ひとつでも多くの仮設住宅を設置すること、真夏までに衛生状況の改善を図ること(打ち上げられた魚など、現地は兎に角悪臭が酷い)、基本的なライフラインの回復。「危機からの復興」などと抽象的なメッセージを発するのではなく、そういった当たり前のことを、速やかに行なって欲しい。

ニューヨーク市民の反応は?  New York Reacts to Osama bin Laden's Death

Live Blog: New York Reacts to Osama bin Laden's Death - The NewYork Times (May 2, 2011)

 LINKは、ウサマ殺害のニュースに対するNY市民の反応。その日ルーズベルト病院で出産したばかりの女性、9.11で救助活動にあたった消防士たち、仏教徒のニューヨーカー、グランドゼロで喪に服す人々、ブルックリン近隣のイスラム教徒・・・それぞれが抱える複雑な思いがレポートされている。

 こういったニュースを耳にするたび、思い返す言葉がある。
 それは、ガンジーが遺した次の言葉だ。

「宗教というものは、なのです。世界を見つめる、
 なぜ、右目が左目より優れていることがありましょうか。
 両目を通じて世界を見つめれば良いのです」
        ―――Mohandas Karamchand Gandhi

Japan PM quits before election

Japan PM quits before election - Reuters (June 2, 2010)
Japan’s Premier Will Quit as Approval Plummets - International Herald Tribune(The Global Edition of NYTimes) (June 2, 2010)

外部の視点から見て、この辞任はどのように受け止められるのか。ヘッドラインが象徴的だ。 

あるいは、このような記事もある。

How Will Japan Prime Minister Yukio Hatoyama's Move Affect Global Relations? - Japan Real Time - WSJ (June 2, 2010)



論調としては、外交面や市場への影響が主なトピックで、批判よりも状況を淡々と分析しているものが多い。海外メディアの反応なので、それは当然だ。悲嘆したり興奮したり脱力したりはしない。自国の出来事でない限り、特殊なケースを除いて感情面での大きな起伏は生まれにくい。

日本はいま、戦時下にあるわけでも暴動により極端に治安が悪化しているわけでもない。しかしどういうわけなのだか、異様なペースでの首相交代劇が続いている。もちろん、自民党政権時代に派閥政治の分裂・末期的症状として相次いだ辞任劇と今回の鳩山首相の辞任はフェーズがまったく違うので、安易な混同はできない。しかし、政権交代以降も短期的な首相交代が起こるという状況は、他国からすれば異様な状況に映るだろう。

短期間で首相が辞任すると、党が掲げていた中・長期的なビジョンへの信頼は低下する。またそれ以前の話として、プライムミニスターという存在自体への国際的なクレジットが決定的に低下する。それはとりわけ外交面において大きな損失を生む。短期で辞任する可能性がある人物と、様々な外交問題について長期的な視点で意見交換する意義を見出すことは困難だ。

首相の交代には莫大なコストがかかる。民主党内の人事調整が長引けば、政府の掲げていた経済成長戦略と財政規律も少なからず停滞する。そうした具体的なコストのことを考えるといかにも気が滅入るが、参院選を控え、また政局の話ばかりが報道されるのだろうと思うと憂鬱になる。

辞任に至ったまでのプロセスについて、ここで書こうとは思わない。残念ながら、本質からかけ離れた不毛な議論ばかりが続いていて、そこに希望を見出すことは難しい。有能だが権力のない若手議員達が、内部でスポイルされずに仕事を行える環境が必要だ。可能な限りポジティブに考えればの話だが、今回の辞任が若手議員が然るべき前線へ出る契機に繋がればいいと思っている。

Sweet-toothed investors eye candy bond

英チェーン店が「チョコレート債」発行、利息は商品で - ロイター(jp.reuters.com) (May 25, 2010)

非常にユニークで、遊び心ある面白いアイディア。
投資家は、現金ではなく箱入りのチョコレートで利息を受け取ることができる。

憤りを覚える『誤爆』という言葉

NATO Airstrike Kills Afghan Civilians -NY Times(February 22, 2010)

『誤爆』という言葉には義憤を感じる。誤爆という言葉は殺戮の残酷な具体性を隠蔽する。

An airstrike by United States Special Forces helicopters against what international troops believed to be a group of insurgents ended up killing as many as 27 civilians in the worst such case since at least September, Afghan officials said.

アメリカ空軍による空爆が、またしても多くの民間人の犠牲者を生んだ。軍の司令官は『誤爆』という言葉を用い、遺憾の意を表明する。そして言い訳のようにその都度軍による『調査』が行なわれる。何度も繰り返されてきたことだ。アフガン大統領府は「弁解の余地はない」と誤爆を強く非難したが、それは至極当然だ。犠牲者を生む『誤爆』があまりにも頻発している。

憤りを覚えるのは、こうして空爆が犠牲者を生んだときに『誤爆』という言葉が用いられることだ。言うまでもなく爆撃が破壊する対象は建造物だけではない。そこに存在した人間の肉体を、爆風が、火炎が、衝撃が、ことごとく粉砕してその生命を奪う。一帯には血が流れ、破壊された人身が拡散する。しかし『誤爆』という言葉は、こういった殺戮の残酷な具体性を隠蔽する。いったいあの司令官は何を遺憾としたのだろう。各々の生命活動は無に返され、阿鼻叫喚の地獄絵図の中、命の尊厳は、犠牲者数という統計によって返上される。しかしアメリカ軍はこの殺戮を誤爆とアナウンスし続けている。『誤爆』という言葉は、他の多くの事実をもまた覆い隠す。犠牲となった民間人がそれぞれに営んできた生活、人間関係、絶望する家族・・・そういった具体的なファクトすらもだ。

The medical secret behind Mona Lisa's smile?

The medical secret behind Mona Lisa's smile? -BBC
At 16:14 GMT, Wednesday, 6 January 2010

Dr Vito Franco
という不思議な医師が、Mona Lisa診察した。

Mona Lisaは脂肪組織腫瘍の兆候がある」

Dr Vito
Mona Lisaをはじめ、ボッティチェリの肖像など数々の芸術を診察し、医学的なレポートを纏めたという。でも、記事にある診断は結構おどろおどろしい。もちろん言うまでもなく、それはただの仮説である。とはいえ、Mona Lisaさんもいまさらコレステロール値の心配なんかされて大変だなぁ、と思う。16世紀から微笑み続けてきたというのに。まぁ、芸術にはいろんな楽しみ方があるものです。いろんな扱い方をされるものです、と言えなくもないけれど。