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Château de Chambord | LA LOIRE

「THE世界遺産」構成の下見で、パリからロワールへ。
 ロワール川の流域に残る古城の中で、最大の威容を誇る、シャンボール城。その広大な敷地の広さは、やや強引な表現だが、パリ市内の大部分と肩を並べる広さとも言われる。往時の王権の強大さを偲ばせる。
 ビザンチン、ゴシック・・・様々な建築様式が入り乱れ、独特の城観をみせるシャンボール城。このロワール最大の城の建築には、ルネサンス期を代表する偉大なる芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチが関わったとされる。


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Château de Chenonceau | LA LOIRE

パリから再びロワールヘ  
ここは、ロワール川の支流に跨がって聳える白亜の城、シュノンソー城。
この城は、代々の城主が女性であった為、6人の女の城と呼ばれている。


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 またこの城は、貴婦人達が、その所有権を巡って愛憎劇を繰り広げた場所でもある。中でも一番の確執劇として後世に語り継がれているのが、ディアーヌ・ド・ポワチエとカトリーヌ・ド・メディシスの確執。時の国王、アンリ2世の妻と、その愛人だ。イタリアの名家、メディチ家に生まれたカトリーヌ・ド・メディシスは、イタリアとの外交を重視していた当時のフランス王国の政略を背景に、フランソワ一世の後押しを受け、アンリ2世と結婚する。そのとき、カトリーヌは一四歳に過ぎないが、当時としては特異といえる年齢ではない。 カトリーヌ・ド・メディシスは、芸術への造詣と理解が深く、彼女がイタリアからもたらした食文化が、現在のフランス料理の原型を造ったと言われている。彼女は、王国の文化面に多大な影響を及ぼした貢献者だった。

でも、アンリ2世がシュノンソー城を贈った相手は、妻のカトリーヌではなく、絶世の美女と謳われた二〇歳年上の愛人、ディアーヌ・ド・ポワチエだった。アンリ2世は、事実上、政略結婚の相手だった妻、カトリーヌには関心を示さず、政治的な影響力を持つ事すら許さなかった。アンリ2世の寵愛は、愛人であるディアーヌ・ド・ポワチエへ向かって一心に注がれる。ディアーヌは、アンリ2世の父、フランソワ一世の愛人でもあったが、幼少期のアンリ2世にとって、ディアーヌの姿は、宮廷を自由に出入りする、優雅で洗練された貴婦人として、その記憶に刻まれていた。  年齢を感じさせない美貌とその知性に、やがてアンリ2世は虜になる。アンリ2世は、異例とも言える爵位すら彼女に付与し、ディアーヌは宮廷での影響力を強めていく。カトリーヌはそんなディアーヌに、狂おしいほどの嫉妬を抱いていく。

 優勢の愛人、劣勢の妻。すべてを変える逆転劇を生んだのは、国王アンリ2世の死だった。カトリーヌは、王の寵愛という後ろ盾を失ったディアーヌを直ちに追放し、かねてからの望みだったシュノンソー城を奪い返す。その際、カトリーヌは王が贈ったすべての物品の変換を、ディアーヌに迫ったという。 宮廷を追放された失意のディアーヌは、自らの領地に隠棲し、その地でひっそりと生涯を閉じた。