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脚本家・龍樹のオフィシャルHP
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Ikeda Museum of 20th Century Art

Ikeda Museum of 20th Century Art (池田20世紀美術館)』にて。
伊豆・一碧湖近くにある、1975年に設立された国内初の本格的現代美術館。
ピカソ、ダリ、シャガール、ジョアン・ミロらの絵画を収蔵する。

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The World Heritage | The Historic Village of Gokayama

The World Heritage - The Historic Village of Gokayama

 富山県の南西端にある、小さな世界遺産の村、五箇山。

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 実際に訪れてみて、僕はある錯覚に取りつかれた。ここへ立ち寄る道中、どこかのタイミング、どこかのラインから、時間の軸みたいなものを跨いでしまったのではないか、という錯覚だ。いったん村の奥深くへ足を踏み入れてしまえば、時代を指し示すしるし―――近代的な建物、企業の広告、雑踏のざわめき、どこかしらで流れている音楽―――といったものは悉く姿を消してしまう。現代という時代そのものが一塊になり、ごっそりと深い穴の中へ落下してしまったかのように。五箇山がかつて流刑地であったことを村の人から教わる。ここはむかし、陸の孤島であったのだと。見渡すとたしかに一帯を取り囲む険しい山々が見える。

 僕は微かに緊張を覚える。いまの五箇山は世界遺産にも登録され、観光客を迎えている。でも、かつてこの集落は閉ざされた共同体だったのだ。

 暫く村の中を歩いて廻る。どんどん時代感覚があやふやになる。僕は自分がいつの時代を生きているのかという確信の拠り所を失っている。でも、人間なんてそれほど確固たる確信をもって、自分がいつを生きているかなんて実感していないのかもしれない。日付の刻まれた新聞、なんとなく見つめるTVのニュース、いやおうなしに日々届くE-MAIL。そういった身辺の小さな事象との接触で、なんとなく人は自分の生きている時代を認識しているのに過ぎないのかもしれない。村の人々と話をすることで、僕は少し落ち着きを取り戻す。でも異世界にいるような感覚は消えない。ここはどこなのか、ではなくいつなのか、という奇妙な感覚。たぶんその妙な感覚は、僕が五箇山に訪れたときの天候が、うっすら湿り気すら感じる、どんよりした曇天であったことも手伝っていたと思う。まったく日が差さない空はどこまでもスタティックで、切り立った合掌造りの屋根屋根にミステリアスな陰影を生んでいる。

 でもやがて、その感覚はどこまでいっても錯覚でしかなかったことに気づく。それは当たり前と言えば、当たり前なのかも知れないのだけれど。やがて天上を覆っていた雲が捌け、煌々と太陽が照り始める。それは間違いなくじりじりとした夏の陽差しで、だんだんと僕は汗ばんでくる。外国人のバックパッカー達がぞろぞろと歩いている姿が見える。携帯電話も通じている。かすかにラジオかTVの音も聞こえる。民宿や土産物売場があることを示すものだって、ちゃんとある。バックパッカーは腕を組んで記念写真を撮り始める。僕は紛れもなくここは現代の日本のどこかで、地に足を踏み入れることが出来る現実の場所であるという感覚を取り戻す。異質な何かは、既に僕の身体を通り抜け、どこかへ消えている。

 五箇山で僕の肌が感じていたものは何だったのかはわからない。でもこうして東京に戻ってきたいまも、写真を見て思い出すだけで、あのときのいささかフェノミナルな感触がありありと蘇る。五箇山の風景はそれまでの僕にとって、昔話やお伽噺でしか伝え聞いていたことのないものだった。しかしそれは現実の風景として僕の目の前に現れた。イメージではなく、アクチュアルなものとして。そこには何らか物語性が孕まれていた。どこかへ出向く、どこかへ足を踏み入れる。旅をすると物語性に接触する。あるときはその中に取り込まれるし、またあるときは自分自身が物語性の一部になる。旅そのものが自分自身を通過する。僕は旅をした。そしてたしかに触れたのだ。

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KANAZAWA

 夏の金沢へ。
 たちこめる古都の香り、寡黙で親切な人々、しんとした茶屋街の静寂。
 貴い、不変。

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京都:嵐山、伏見、清水

 翌々週の撮影を控えて、ロケーション・ハンティングへ。
 これから咲き誇ることになる桜、そして人々をじっと待つ。

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京都:西陣、京町家、二年坂

 京都ではあらゆるものが―――人々の話し方、時の流れ方が―――ゆったりと感じられる。
 それは、他のどの場所に存在しない時間の流れ方だ。

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京都:鴨川、伏見、十石舟

 東京にいる限り、変動し続けるあらゆる価値観へ応じなければいけない。
 食文化にアート、建築やファッション。日常の中にあらゆる国々の文化が入り乱れ、そして流行り廃りを繰り返している街では、価値観は固定せず、流動的だ。
そういった意味において、京都は東京と対をなす。千年単位の歴史観が感じさせるのだ。動き続けているものなど、所詮水面の出来事に若かないのかと。

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食の色彩

 京の料理は目にも楽しい。水際立つ色彩がある。

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・もち料理「きた村」
 京都市下京区木屋町仏光寺上ル
 http://www.kyoto-yuka.com/simokiya/kitamura.html

京都府庁旧本館

 現在も執務室や会議室として使われている京都府庁旧本館。
 その竣工は明治三十七年。西暦でいえば、1904年。日本の激動期にあって、その真っ直中に建てられたこの建物は、すでに百年以上もの時を刻む。

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京都の桜  大覚寺、円山公園、平安神宮


京都の桜は、見る者にひとつの「病み」を遺す。 その病みは親しい者との別れにも似ている。名残惜しくて、去り難い。

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高松へ「JAPAN HERITAGE」シナハン

「JAPAN HERITAGE」のシナハンで高松へ。
 通常とは違う飛行ルート、というアナウンスがあり、窓の外を覗いてみる。 眼下にあったのは、うっすら雲を湛えた日本アルプス。

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