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SADE | SOLDIER OF LOVE

 『何か言いたいことがあるときにしかアルバムを作らない』と、SADE ADUは言う。

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With ‘Soldier of Love,’ Sade’s Old-School Comeback Works - NYTimes
Sade Stays on Top - NYTimes

 SADEが“久々に”新譜『Soldier of Love』をリリースした。“久々”と一口に言っても、前作のアルバム『LOVERS ROCK』をリリースしたのは1999年のことだから、ちょっと次元が違う。実に10年ぶりの新作となるわけだ。それでいながら、各国のチャートで1位になったりしてしまう。これは、現代の音楽業界において、ちょっとスゴイことじゃないか、と唸ってしまう(いや、ちょっとどころじゃないですね)。音楽業界だけじゃなく、基本的にSHOW BIZの世界は活発な新陳代謝を要求されるから、多くのアーティストは積極的に時代の空気を吸い込んで、自らの活性化を試みる。けど、シャーデーというバンドの呼吸の仕方は昔からナチュラルだ。それは淡々と自分のペースを保ってランニングし続ける長距離走者、あるいは大自然のリズムに沿って生命を営む樹木の息吹を連想させる。だから、この10年というターム―――それがシャーデーである―――が、ごく自然なものに感じる。「ああ、そういえばあれから10年になるんだよな」という感覚だ。

 幾つかのメディア(特に外国の)が、『Soldier of Love』はシャーデーのカムバックだ、という表現の仕方をしているけれども、ちょっとそれはニュアンスが違う気がしてしまう。シャーデーとしてみれば、久々にアルバムを作ろうかしら、という何かのきっかけがあり、そして何かが沸騰してシューと蒸気が吹き出るみたいに『Soldier of Love』が生まれる、それが前作をリリースしてから“たまたま”10年空いた、みたいな具合で、よく巷で用いられる“充電期間”とか、“潜伏期間”には相当しない(潜伏期間に相当しないのは当たり前ですね、まあいいや)。と、非常に勝手な想像ではあるんだけど、だいたいそんな感じなような気がする。

 親しい友人と暫くぶりに再会したときのような感覚が、シャーデーの新しいアルバムの中にある。それは、聴いている人間の何かを浄化する。「やあ」「久しぶり」の2語で事足りる、バンドとリスナーの自然な親密さは『Soldier of Love』に健在だ。10年という時の流れは存在しても、相変わらずSADEのサウンドは自然なドライブを聴かせてくれる。

TONY BENNETT

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クリント・イーストウッドが制作したトニー・ベネットのドキュメンタリー・フィルム『TONY BENNETT MUSIC NEVER END』では、名曲「霧のサンフランシスコ(I LEFT MY HEART IN SAN FRANCISCO)」について、こんな風に語られている。
「トニーは歌詞を超えた感情を注ぎ込んだ。つまりSan Franciscoが思い出の場所とは限らない。San Franciscoは思い出の象徴なんだ。その場所がどこであれ、変わることなく存在する」
 
フランク・シナトラの偉業を引き継ぎ、デューク・エリントン、レイ・チャールズ、ハリー・ベラフォンテらと時代を駆け抜けたトニー・ベネット(キング牧師とともに公民権運動にも参加していた)が、80歳を超えてなお美声を響かせている事実は、驚くべきことだ(最近ではジョン・レジェンド、C・アギレラとも共演している!)。

50's America…Cadillacのテールフィン、James Deanのブルージーンに存在した『夢のアメリカ』。
いまもトニー・ベネットの歌声の中に『夢のアメリカ』が聞こえる。地上の何処にも存在しない、現実のアメリカではない、Golden America...。

Sonny Rollins Live in 65&68

JAZZ FILE : Sonny Rollins Live in 65&68 - WOWOW online
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 WOWOWで観た昔のソニー・ロリンズのライブ。昼間の再放送ということもあり、なんとなく軽い気持ちでTVを点けたのだけれど・・・

 でも、やはりその演奏の質に驚かされる。テナーサックス:ソニー・ロリンズ、ベース:ニールス・ペデルセン、ドラム:アラン・ドーソン。僕以外に誰もいない午後のリビングで、彼らの演奏はあまりに心地よく響き続ける。僕は暫し家事の手を止めることになる。皿なんか後で洗えばいいし、豆を煮込むのも後で構わない(洗濯も・・・とか言い出しそうになる。家事ってきりがないですね、ほんと)。

 JAZZ FILEで取り上げられていたソニー・ロリンズのライブは、前半・後半に分かれ、それぞれ演奏時期が違う。前半は1965年、後半は1968年の演奏。どちらもデンマークでプレイされたものだが、前者はコンサート・ホールでの演奏、後者はテレビ・スタジオでのセッションとなる。基本的にプラグレスのトリオ演奏だが、後半はケニー・ドリューのピアノが加わってカルテットとなる。

 それにしても、この時期のソニー・ロリンズのスタイルは、結構ひとつの幸福な調和状態にあるような気がする。創作者であろうとする姿勢と、ひとりの経験豊かな演奏者としての姿勢との。なんというか、その演奏はとても落ち着き払っている。少なくとも「聴かせてやる」という気負いなんて、どこにも感じられない。とにもかくにもクールな演奏。ソニー・ロリンズの魅力のひとつといえば、やっぱり「奇跡的なアドリブ」ということになるかもしれない。けれどもそれは、たとえば共演するプレイヤーの力量や相性によっては、いささか大げさなものにもなりかねない。65&68のライブには、過剰な「はみだし」がない。それはもちろんバンドの質がいいということもあるけれど、アドリブの際に発生する冒険心みたいなものは、一種の自制心のようなものによって、適度な分量に抑えられている。終始コントロールされたドライブ。もちろん演奏には艶があり、伸びやかなメロディにはハリがある。でも、過ぎたるものは一切ない。

 人々は、それがソニー・ロリンズであるということだけで、多くのものを期待してしまう。でも仕方がない。すぐれたプレイヤーにとってそれは避けがたい宿命だ。もちろん、非常に頭の切れるソニー・ロリンズである(同時にその性格は繊細で、思うところあって一時期シーンから姿を消したりしたこともあるなど、非常に人間的な人物であることもよく知られている)、人々が自分の演奏に何を求めているのかなど、よくわかっていた。だからこそ定住に飽き足らないロリンズは、意識的に、一種の可逆性を残しつつ、様々なプレイスタイルに以降挑戦していくことになる。70年代はフュージョン畑のプレイヤーとのセッションも意欲的に試みたし、80年代にはエレクトリックも取り入れた。うまくいったこともあり、うまくいかなかったこともある。しかしそのプレイの骨格にあるものは、ちょっとやそっとじゃびくともしない。その芯に一貫したソニー・ロリンズらしさを感じ取ることができる。そうした堅牢な“ソニー・ロリンズ性”は、時代を超えて僕らの心を惹きつける。

 65&68のライブ、良かったですよ。また放送しないかな。

 ちょっと話題を変えて。前田憲男&ウィンドブレイカーズの話。実は先日行なわれた30th Anniversary のライブを見に行ってきました。演奏そのものは、さすがのウィンドブレイカーズだけあって、悪かろうはずもない。ベースで歌わせる『Beautiful Love』のアレンジなんて、いかにも前田憲男氏らしいし、『Sambop』には若々しいダイナミズムがあった。それに稲垣次郎氏のテナー・サックスは相変わらず色気に溢れている。
でも、ちょっとステージには問題があった。有楽町朝日ホールはジャズを聴く場所としては少々オーセンティック過ぎるのだ。もちろん格式ある場所には違いない。けど、ステージ上は素っ気ないと言えるほど装飾は一切ないし(デコラティブである必要は全くないけれども、折角のウィンドブレイカーズの30周年なのだから、“30th”をあらわす何らかのものがあってもいい気がする)、そしてバンドと観客のあいだには、ちょっと距離がありすぎる。ホールの性質から仕方がないのかもしれないけれども、飲みながらジャズを聴けないというのもちょっとという気がする。けど、観客はとても真面目に、しゃんとして演奏を聴いている。クラシックの演奏会のように。この日の観客は僕よりわりに上の世代が殆どで、ずっとウィンドブレイカーズを追いかけてきた人々が多いから、どんな状況でも「ひとつ聴いてみよう」という余裕がある。でも僕はそうした禁欲的な雰囲気には、結局なじむことが出来なかった。出来ることならば、一杯ひっかけつつ、体をリズムに乗せてジャズは聴きたい(ちなみにチケット代は¥7000。そしてお土産にパスタの乾麺が配られる)。

 『Beautiful Love』といえば、それを歌っている最近のジャズシンガーの中で、文句なくお気に入りなのが、ソフィー・ミルマン。声質が圧倒的にいい。下記のURLから試聴出来るので、良かったら聴いてみてください。
http://musico.jp/contents/contents_index.aspx?id=tZT3O

Diana Krall | Fly Me To The Moon



 ダイアナ・クラールのVEVO (ヴィーヴォ) から"Fly Me To The Moon"

 Fly me to the moon
 Let me sing among those stars
 Let me see what spring is like On Jupiter and Mars
 In other words, hold my hand

 私を月へ連れていって
 歌わせて 星たちの狭間で
 私に見せて 遠くの星々へ訪れる春がどんなものなのか
 つまり、この手を握り締めて欲しいのよ



 Diana Krallは楽曲にどっぷり身を浸し、せつせつと歌い上げるようなVocalistではない。どちらかというと、プレイする楽曲に対し、適度にクールな姿勢を保ちながら歌うタイプだ。だからこそ、こういったスタンダードを歌うとき、抑制の効いた彼女のスタイルは物凄く光る。彼女のHusky Soundな歌声はひんやりとした憂いを秘め、そっとぼくらの耳に届いていく。それはとてもセクシーなことだと思う。